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【大河ドラマ】「青天を衝け」の主人公:渋沢栄一年表(大河ドラマ今ここ表示付き)<随時更新>

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この記事は大河ドラマ「青天を衝け」主人公の渋沢栄一の年表と大河ドラマは今ここまで進んでいるよ!という内容をまとめています。

随時更新しますのでご覧ください。

視聴率の変動に関してはこちら!

なお、大河ドラマにおいては史実通り描かれるかは不明な点もありますのでその点はご了承ください!

(2021年7月4日現在:20話「篤太夫、遠き道へ」まで)

渋沢栄一年表

右にスクロールすると今ここですという表示があります!

西暦
(和暦)
渋沢
栄一
年齢
渋沢栄一に関する出来事歴史上の出来事大河ドラマ対応話
1840年
(天保11年)
0・3月16日現在の埼玉県深谷市血洗島にて生誕アヘン戦争第1話
1845年
(弘化2年)
5・父から漢籍を習い始める水野忠邦が老中を辞職第1話
1847年
(弘化4年)
7・従兄の尾高惇忠から論語などを学ぶ第2話
1849年
(嘉永2年)
9・父と一緒に藍葉の仕入れにでかけるようになる第2話
1854年
(嘉永7年)
14・単身で藍葉の仕入れにでかけるようになる日米和親条約第3話
(第6話)
1856年
(安政3年)
16・領主代官にて御用金の上納の命に反発島津家養女篤姫、将軍徳川家定に嫁ぐ第4~5話
1858年
(安政5年)
18・尾高惇忠の妹で従妹の尾高千代と結婚・日米修好通商条約
・第13代征夷大将軍徳川家定薨去
第8話
1860年
(安政7年)
20・桜田門外の変(3月)
・徳川斉昭死去(9月)
第9話
1861年
(文久元年)
21・江戸に出て海保漁村の門下生となる
・この頃「尊王攘夷」の思想に目覚める
・アメリカ南北戦争第10話
1862年
(文久元年)
22・坂下門外の変第10話
第11話
1863年
(文久3年)
23・高崎城乗っ取りを計画するも中止。



・京都に移動。その後一橋慶喜に仕える。




徳川家茂が上洛
第12話
第13話
第14話
1864年
(文久4年)
24・徳川慶喜後見職を辞し、禁裏御守衛総督に就任(3月)
・平岡円四郎暗殺(6月)
・禁門の変(8月)
第15話
第16話
第17話
1865年25・武田耕雲斎斬首(3月)第18話

1866年
(慶応2年)
26
・主君慶喜が将軍になり幕臣となる。
・パリ万博の視察でフランスへ渡航する。
・薩長同盟成立(3月)
・寺田屋事件
第19話
第20話
(
今ここまで)
1868年
(慶応4年
・明治元年)
28・新政府からの帰国命令により横浜に帰港する。戊辰戦争
1869年
(明治2年)
29・慶喜が謹慎していた静岡藩に出仕し、商法会所を設立。その後、民部省に出仕。戊辰戦争終結
1871年
(明治4年)
31・民部省と大蔵省が統合され大蔵大丞となる。郵便役所(現:郵便局)が設置される。
1872年
(明治5年)
32・紙幣寮の頭に就任。国立銀行条例制定
1873年(明治6年)33・大蔵大輔井上馨と共に建議書を掲載。その後大蔵省を退官。
・第一国立銀行の総監役に就任
・抄紙会社を設立し経営開始
・東京府の瓦斯掛にの委員となりガス事業を計画。
ウィーン万国博覧会
1874年(明治7年)34・頭取に就任
・養育院の運営に携わり後に事務長・院長へ
佐賀の乱
1875年35・廻米、生糸貿易の澁澤喜作商店の開業を支援
・商法講習所の経営委員として運営支援
江華島事件
1876年36・石川島平野造船所の創業を支援
・秀英舎の印刷業創業を支援
・中外物価新報の創刊を支援
三井銀行・三井物産開業
1877年37・第二十国立銀行の相談役就任
・択善会を組織化
・博愛者の社員に
西南戦争
1878年38・東京商法会議所設立・会頭に就任
・東京株式取引所設立
地方三新法公布
1879年39・東京海上保険会社創立発起人・相談役として保険業創業を支援
・グラントアメリカ前大統領の訪日の接待委員総代
沖縄県設置
1881年41・日本鉄道会社の理事委員となり設立に参画
・東京大学の講師に
1882年42・倉庫会社・均融会社の設立出願総代、監査役に就任
・共同運輸会社の創立発起人就任
・東京電灯会社発起人・委員就任
・大阪紡績会社発揮人・相談役
・ちよ夫人死去
日本銀行開業
1883年43・浅野セメント工場創業支援
・伊藤かねと再婚
鹿鳴館会館
1884年44・同愛社の幹事日本初の天気予報開始
1885年45・ジャパンブリュワリー設立の理事員
1887年47・清水組の相談役就任
・東京人造肥料会創立委員長として支援
・東京製綱会社創立委員
・日本煉瓦製造会社理事長就任
・東京ホテル発起人総代・理事長
・札幌麦酒会社設立委員長のち会長
・日本土木会社総代のち委員長
・女子教育奨励会を設立
1888年48・足尾鉱山組合の設立を支援
・工手学校設立に賛助員として支援
・同志社大学設立の基金の募集や管理に尽力
1892年52・東京貯蓄銀行を設立し取締役会長就任
・東京帽子取締役会長
1893年53・貴賓会を設立し幹事長に
1894年54・深谷銀行設立発起人
1895年55・東洋経済新報の創刊を支援
・日本精糖発起人・取締役
1896年56・日本勧業銀行の開業を指導
・汽車製造創立委員・監査役
・浦賀船渠
・東京建物設立発起人
1897年57・澁澤倉庫部創業
1899年59・黒須銀行顧問役に就任。
1900年60・日本興業銀行、北海道拓殖銀行の開業を指導。
・大倉商業学校にも設立委員として協力
・台湾協会学校の学校設立委員長就任
1901年61・日本女子大学創立支援
1902年62・アメリカルーズベルト大統領と会談
1903年63・日印協会設立
1906年66・京阪電気鉄道創立委員長
・帝国劇場会社創立委員長
1907年67・東京慈恵医院の相談役・委員長
1908年68・癌研究会の設立に尽力し副総裁に
・早稲田大学の理工系事業拡大計画にて基金管理委員長
1909年69・日本皮革発起人、相談役
・実業界引退を表明
・アメリカのタフト大統領と会談
・如水会の名誉会員
1911年71・済生会の寄附金募集世話人、顧問、評議員となり恩賜財団設立に尽力
1912年72・ニューヨーク日本協会協賛会創立、名誉委員長を引受ける
・アメリカの報道機関へ日本のニュースを伝える通信社の設立を提案
1913年73・中国の孫文党首を民間代表として出迎える
・日本結核予防協会に評議員として協力
1914年74・日中経済提携の為中国訪問
・高千穂高等商業学校の設立に際して評議員に就任
・聖路加国際病院の評議会副会長、会計監督に就任
1915年75・パナマ太平洋博覧会の為渡米し、ウィルソン大統領と会談
1916年76・日米関係委員会発足、常務委員就任。
1917年77・日米協会創立、名誉副会長就任
・理化学研究所設立に際し、設立者総代
1918年78・「徳川慶喜公傳」を龍門社より刊行
・田園都市株式会社設立発起人
1919年79・二松学舎の舎長、理事に就任
・協調会を設立し副会長
1920年80・国際連盟協会創立、会長就任
・滝乃川学園の理事長に就任
1921年81・ワシントン軍縮会議出席のため訪米、ハーディング大統領と会見
・私塾国士舘の維持委員に就任
1923年83・関東大震災復興支援
1924年84・日仏会館を発足させ、理事長
・東京女学館館長
1926年86・日本太平洋問題調査会創立、評議員会会長
1927年87・日本国際児童親善会を設立
1931年91・中華民国水災同情会会長を務め義援金募集に尽力
・日本女子大学校長
11月11日死去。享年91歳。

関連した会社・団体・まとめ

銀行関連

  • 第一国立銀行⇒第一勧業銀行⇒みずほ銀行
  • 東京貯蓄銀行⇒りそな銀行
  • 熊谷銀行⇒埼玉りそな銀行
  • 黒須銀行⇒埼玉りそな銀行
  • 武州銀行⇒埼玉りそな銀行
  • 日本勧業銀行⇒第一勧業銀行⇒みずほ銀行
  • 日本興業銀行⇒みずほ銀行
  • 北海道拓殖銀行

事業会社

  • 抄紙会社⇒王子ホールディングス、日本製紙
  • 東京府の瓦斯掛⇒東京ガス
  • 石川島平野造船所⇒IHI、いすゞ自動車、立飛ホールディングス
  • 秀英舎⇒大日本印刷
  • 中外物価新報⇒日本経済新聞
  • 東京海上保険会社⇒東京海上日動火災保険
  • 日本鉄道会社⇒東日本旅客鉄道(JR東日本)
  • 共同運輸会社⇒日本郵船の前身
  • 東京電灯会社⇒東京電力ホールディングス
  • 大阪紡績会社⇒東洋紡
  • 浅野セメント工場⇒太平洋セメント
  • ジャパンブリュワリー⇒キリンホールディングス
  • 清水組⇒清水建設
  • 東京人造肥料会社⇒日産化学
  • 東京製綱会社⇒東京製綱
  • 日本煉瓦製造会社
  • 東京ホテル⇒帝国ホテル
  • 札幌麦酒会社⇒サッポロホールディングス、アサヒグループホールディングス
  • 日本土木会社⇒大成建設
  • 足尾鉱山組合⇒古河機械金属、古河電気工業、富士通、富士電機、横浜ゴム
  • 東京帽子⇒オーベクス
  • 東洋経済新報社
  • 日本精糖⇒大日本明治製糖
  • 汽車製造⇒川崎重工
  • 浦賀船渠⇒住友重機械工業
  • 東京建物
  • 澁澤倉庫部⇒澁澤倉庫
  • 京阪電気鉄道⇒京阪ホールディングス
  • 帝国劇場会社⇒東宝、東京会館
  • 日本皮革⇒ニッピ

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