現在モバイル分野は新サイト「Best-SIM」に移行中です!

【ウマ娘】黒鹿毛の悲運の刺客ライスシャワー【天皇賞春2勝】

競馬が好き!

日本で行われるGⅠレースの中で最長距離の3200メートルにて行われる天皇賞春。

近年は中距離が重要視される傾向にありますが、勝馬には名馬がならび日本競馬の最高峰のGⅠになります。

その天皇賞春を2勝した馬はメジロマックイーン・ライスシャワー・テイエムオペラオー・フェノーメノ・キタサンブラック・フィエールマンと6頭います

実は1980年までは天皇賞を1回勝った馬は、その後の天皇賞に出走できませんでした。

その中で、今回はライスシャワーを紹介します。

最近はウマ娘となりその名前がSNS上でもたくさん見られるようになりました。

ウマ娘ライスシャワー
ライスシャワー
公式HPSNSアイコン

ウマ娘:ライスシャワー

「周りで起きる不幸はすべて自分のせいと思い込んでいる臆病で弱気なウマ娘」

という設定です。やはりすこし悲劇的なキャラクター設定になっています。

実際のライスシャワーは京都競馬場で行われた宝塚記念で故障を発生。安楽死処分となり、産駒を残すことが出来ませんでした。

ではライスシャワーの競争生活を振り返ってみましよう。

黒鹿毛の悲運の刺客ライスシャワー

血統

ライスシャワーは父リアルシャダイ、母ライラックポイント(マルゼンスキー)という血統。

父リアルシャダイは1993年日本のリーディングサイアーに輝いた名種牡馬ですが、GⅠを勝った馬はシャダイカグラ(桜花賞)、イブキマイカグラ(阪神3歳S)、そしてライスシャワーの3頭のみ。

長距離での成績が抜群に良かったためステイヤー種牡馬と言われていましたが、ライスシャワー以外に菊花賞や天皇賞を勝った馬はいません。

母父としてイングランディーレ、アドマイヤジュピタという天皇賞春勝馬を2頭輩出しています。

母ライラックポイントは現役時代4勝。ライスシャワー以外に重賞を勝つような子は輩出していません。

デビューから日本ダービーまで

(年齢は現在の表記に合わせています)

ライスシャワーのデビューは早く、2歳の8月の新馬戦に出走しています。

その距離はなんと中央競馬で実施される最短距離の芝1000メートル。

このレースを勝利していますので、早熟性とスピードは天性のものがあったと思います。

2戦目の新潟3歳S(現新潟2歳S)は出遅れてまったく競馬にならず惨敗しますが、9月に行われた芙蓉S(OP:芝1600メートル)を勝利します。

この成績を見るととてもステイヤーには思えません。

しかし、このレース終了後骨折が判明。

もしここで骨折していなければ、暮れの朝日杯等にも出走していたはずなのでもしかしたら「ステイヤー」とは言われていないかもしれません。

復帰は皐月賞トライアルスプリングSで4着。このレースには無敗の2冠馬となるミホノブルボン(1着)、後の短距離王サクラバクシンオー(12着)が出走しており豪華メンバーでした。

その後皐月賞8着、当時のダービートライアルNHK杯も8着でダービーでは出走18頭中16番人気(114.1倍)。

しかしダービーではミホノブルボンには4馬身差をつけられますが2着に入り、今後の活躍が期待されるようになりました。

ミホノブルボンの3冠阻止

秋になり、セントライト記念はレガシーワールド(後のジャパンカップ勝馬)の2着、京都新聞杯(当時菊花賞トライアル)はミホノブルボンの2着になります。

しかしダービーで0.7秒差あったミホノブルボンとの差は0.2秒差に縮まっていました。

そして迎えた菊花賞はミホノブルボン(1.5倍)に次ぐ2番人気(7.3倍)。

レースでは直線ミホノブルボンを交わし1着でゴールイン。

観客からは悲鳴が上がり、ライスシャワーはヒール(悪役)としての立ち位置になってしまいました。

実際勝ったライスシャワーに対する祝福の拍手があまりなかったような異様な雰囲気になりました。

暮れの有馬記念に出走しトウカイテイオーに次ぐ2番人気で出走するも8着に敗れ3歳を終えます。

再度ヒール役に

古馬になって2月の目黒記念2着、3月の日経賞を勝利しました。

実はこの日経賞が初めての1番人気。あまり人気のない馬だったと言えるでしょう。

1番人気は天皇賞春3連覇を目指したメジロマックイーン(1.6倍)でライスシャワーは2番人気(5.2倍)。

この時のライスシャワーは前走から12キロ体重を減らし、究極の仕上げで出走。

レースは直線ライスシャワーがメジロマックイーンを突き放し2馬身半差の差をつけ完勝しメジロマックイーンの天皇賞春3連覇・武豊の天皇賞春5連覇を阻止します。

しかし、当時はミホノブルボンに続いてメジロマックイーンの偉業を阻止したことで悪役・敵役というイメージが付いてしまいました。

スランプから故障、叶わなかった種牡馬入り

天皇賞後は放牧にだされ復帰戦は9月のオールカマー。しかしツインターボの3着に敗れます。

その後は天皇賞秋(6着)、ジャパンカップ(14着)、有馬記念(8着)とGⅠでは不振。

5歳になって京都記念5着、日経賞2着と復調気配を見せ天皇賞春連覇を目指しますが故障により出走叶わず。

この故障の際には引退・種牡馬入りも検討されましたがG1を2勝しているにもかかわらずステイヤーと判断された上に小柄であったことから種牡馬入りできず現役続行。

復活の天皇賞制覇から悲劇の宝塚

復帰戦の有馬記念は3冠馬ナリタブライアンの3着。

6歳になって京都記念・日経賞とも6着に敗れますが、ナリタブライアンが故障で天皇賞春に出走できずライスシャワーにはチャンスが訪れます。

天皇賞春では外から差してきたステージチャンプに騎乗していた蛯名正義が勝ったと思いガッツポーズをしたが、10㎝だけライスシャワーが先着していた。

このレースの1から3着馬の父がリアルシャダイであったことからリアルシャダイがステイヤー種牡馬のイメージがさらに強くなりました。

天皇賞春を2勝した馬は6頭いますが、連覇ではなく2勝しているのはライスシャワーのみです。

天皇賞春後は4歳時と同じく放牧の予定でしたが、ファン投票で1位に選出された事や阪神・淡路大震災の影響で阪神競馬場ではなく得意の京都競馬場で実施されること。

そして、種牡馬入りには菊花賞・天皇賞春以外のタイトルが必要だったことなど様々な要因重なり出走となります。

ミホノブルボン、メジロマックイーンの偉業を阻止したライスシャワーがファン投票1位に選出された(本来故障していなければおそらくナリタブライアンが1位)のも皮肉な物でした。

このレースで何度も走ってきた京都競馬場の3コーナーの下りで故障発生。左第一指関節開放脱臼、粉砕骨折を発症しており、診療所まで運ぶことができず馬場上で安楽死処分となりました。

京都競馬場で栄光に輝いたライスシャワーは淀のターフでその生涯を閉じることになったのです。

故障が多発した宝塚記念出走馬

ちなみにこのレースを勝ったダンツシアトル以外にもエアダブリン、ネーハイシーザー、ナリタタイシンがこのレース後故障を発生しており馬場に原因があったとの指摘がありますが、因果関係は分かりません。

まとめ

私が大好きだった悲運の刺客ライスシャワーは様々な要因が重なり、残念ながら故障でその生涯を終えました。

  • もし、リアルシャダイの後継種牡馬として5歳時の故障時に種牡馬入りできていたら・・・
  • もし、3冠馬ナリタブライアンが故障せず、天皇賞春・宝塚記念に出走したら・・・
  • もし、1995年阪神・淡路大震災が起きずに宝塚記念が阪神競馬場で起きていたら・・・

ライスシャワーは宝塚記念には出走せず秋の競馬を走っていたかもしれません。

それほどライスシャワーの唯一の宝塚記念出走は偶然が重なりました。

ライスシャワーの死により結局父リアルシャダイのサイアーラインは全く伸びませんでした。

ロベルト系はブライアンズタイムやシンボリクリスエスなど日本の競馬にも適応していたので種牡馬入りできてれば思うととても残念です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました