現在モバイル分野は新サイト「Best-SIM」に移行中です!

【競馬】日本調教馬初の海外GⅠ制覇馬!シーキングザパール【ウマ娘】

競馬が好き!

日本調教馬として初の海外フランスのGⅠを制覇したシーキングザパール。

現役時代は2歳から3歳はマイルから中距離でメジロドーベルやキョウエイマーチと対戦。

古馬になってからは絶対王者タイキシャトルやマイネルラヴと短距離で対戦。

実は日本でのGⅠ制覇はNHKマイルカップの1勝のみ。

そのGⅠ勝利数よりも強い印象を残したシーキングザパールを紹介します。

本調教馬初の海外GⅠ制覇馬!シーキングザパール

ウマ娘としてのシーキングザパール

ウマ娘 シーキングザパール

ウマ娘では次のようなキャラクター設定です。

小さくまとまることを嫌い、世界ではどんあことも起きうると体当たりで示す、アクティブお姉さん。海外を転々としながら育ったゆえ、自信と表現力の塊。笑いを振りまきながらも結果を出す才女である。

英語は話せないが、ボディランゲージで悠々カバーする。

ウマ娘公式ホームページより

この経歴と実際のシーキングザパールの競争生活を重ねてみると上手に設定されているなと思えます。

生い立ち

1994年4月16日にアメリカの牧場で生まれました。

翌1995年にセリに出されましたが主取となっています。

主取とは

  • 買手がいなかった
  • 希望額に届かなかった

という事で、要するに売れ残ったということです。これだけの名馬でもこういうことが起きるのが競馬ですね。

その後、馬主となる植中昌子氏に18万5000ドルで購入されています。

馬名は父シーキングザゴールドからの連想ですが、馬主の植中氏の誕生石が真珠(パール)であったことから名づけらています。

シーキングザパールはアメリカで生産された馬ですので外国産馬として日本での競争生活を送ることになりました。

当時外国産馬は桜花賞などのクラッシクレースに出走できないという制限がありました。

シーキングザパールの血統

シーキングザパール

父:Seeking the Gold(シーキングザゴールド)

父はアメリカの名種牡馬。

産駒にはドバイワールドカップを勝ったドバイミレニアムなどがいます。

日本で走った馬にはマイネルラヴ(スプリンターズS)・オープニングテーマ・ゴールドティアラなどがおり、短距離を活躍の中心とした芝・ダート兼用の種牡馬です。

母:ページプルーフ

母はボールドルーラー系のSeattle Slew(シアトルスルー)産駒。

シーキングザパールの活躍後日本に輸入されサンデーサイレンス等を交配されていますが産駒・近親に活躍場はいません。

デビューから厩舎転厩まで

シーキングザパールはキズナの調教師としても知られる佐々木晶三厩舎から1996年7月20日の小倉芝1200メートルでデビューします。

セールで主取になった本馬ですが、圧倒的な調教での走りから1.2倍の1番人気で出走。

2着に7馬身差をつけて圧勝します。

中山競馬場で行われた新潟3歳S(現2歳S)は出遅れもあり3着。

しかし3戦目のデイリー杯3歳(現2歳)Sでは、後の天皇賞馬メジロブライトに5馬身差の圧勝。

暮れの阪神3歳牝馬S(現阪神JF)には1番人気で出走。

しかしメジロドーベルの4着に敗れ、メジロ軍団からのリベンジを果たされてしまいます。

その後、年明けのシンザン記念でホッコ―ビューティに3馬身差の完勝。

2月になり今後のローテンションが注目されていましたが、いきなりの森厩舎への転厩が発表されています。

転厩とは、競走馬の所属先が変わることです。

GⅠで負けたとはいえ、重賞をすでに2勝しているような実績馬の転厩は珍しいのですがこれは佐々木調教師と馬主の植中氏が本馬のローテンションで対立したと報道されています。

G1制覇と喉の病気による休養

外国産馬だったシーキングザパールは桜花賞に出走できず。

転厩後前年に創設されたNHKマイルカップを目標とするローテーションが組まれます。

フラワーカップ⇒ニュージーランドトロフィー(NZT)4歳S(現NZTS)を連勝し臨んだNHKマイルカップは当然の1番人気。

直線あっさり抜け出しブレーブテンダーを突き放し念願の初GⅠ制覇を達成します。

この年の桜花賞馬はキョウエイマーチ、オークス馬はメジロドーベル。

秋の秋華賞は外国産馬も出走可能でしたので秋は秋華賞を目指すことが発表されました。

迎えた秋初戦のローズS。

キョウエイマーチを抑え1番人気で出走しますが3着に敗れます。

レース後、ノド鳴り(喉頭蓋エントラップメント)の症状発表され手術を行うことが発表。

キョウエイマーチ・メジロドーベルが3頭レースで揃うことはありませんでした。

ノド鳴りは呼吸が上手にできなくなるので、限界で走るサラブレッドへの影響は非常に大きい病気です。

喉頭蓋エントラップメントは手術で改善されることが多いのが不幸中の幸いでした。

他では春の天皇賞2着馬リンカーンなども発症しています。

日本調教馬初の海外G1制覇達成

復帰戦はこの当時4月に行われていた芝1200メートルのシルクロードS。

実績では圧倒的でしたが手術後ということもあり4番人気。

しかしマサラッキ(翌年の高松宮記念馬)やシンコウフォレスト(この年の高松宮記念馬)を抑え勝利します。

しかし本番はシンコウフォレストに敗れ4着。

続いた安田記念は不良馬場という事もあり、絶対王者タイキシャトルの10着に敗れましたが欧州遠征は予定通り実施されることになりました。

当初はフランスで行われるマイルG1のジャックマロワ賞を目標にしていましたが、タイキシャトルも出走する可能性が高まります。

森調教師は

  • タイキシャトルにはマイルで勝てない事
  • どうせなら日本の調教師として初の海外GⅠ制覇を達成したい

という理由からレース選択を変更し、ジャックルマロワ賞の1週前に行われる「モーリス・ドゲスト賞(直線芝1300メートル)」というGⅠに出走することになりました。

このレースをレースレコードで勝利し、森調教師の目論見通り日本調教馬の海外GⅠ初制覇を達成することになります。

その後はもう1戦マイルGⅠムーランドロンシャン賞を戦いますが5着に敗れました。

トレード・引退まで

日本帰国後初戦はマイルチャンピオンシップ。

同じく海外GⅠ制覇を達成したタイキシャトルに次ぐ2番人気で出走するもタイキシャトルが圧勝する中8着に敗退。

続けてこの当時12月に行われていたスプリンターズSに2番人気で出走。

このレースはタイキシャトルの引退レースで単勝は1.1倍。

武豊騎手騎乗のシーキングザパールはハンターのようにタイキシャトルをゴール前捉えますが、まさかの同じシーキングザゴールド産駒のマイネルラヴは交わせず2着に敗れました。

その後アメリカ遠征しダートのGⅠサンタモニカHは4着。

帰国後、高松宮記念2着・安田記念3着と好走します。

しかし、この後アメリカに移籍することが発表され日本での現役生活は終了。

アメリカで2戦した後引退し繁殖生活を送ることになりました。

繁殖生活と不慮の死

アメリカで繁殖生活を送ることになったシーキングザパール。

初の子どもはアメリカの大種牡馬Stom cat(ストームキャット)で日本で「シーキングザダイヤ」として競争生活を送ります。

シーキングザダイヤ

シーキングザダイヤはニュージーランドトロフィーSの母子制覇を達成。

GⅠ制覇はできませんでしたが、ダートGⅠ2着9回を記録するなど活躍。

現在はチリやインドのダービー馬を輩出するなどして母の血を広げています。

その後、2頭の産駒はアメリカで競争生活をおくります。

しかし、2005年放牧中に不慮の死を遂げます。

原因は判明していませんが、落雷による死亡の可能性が高いと言われています。

まとめ

残念ながら、早逝してしまいましたがシーキングザダイヤが世界で血を広めています。

いつか、また日本の競馬に戻ってきてほしいですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました