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【大河ドラマ】渋沢喜作ってどんな人?<渋沢栄一の従兄弟>

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大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は吉沢亮さんが演じる渋沢栄一ですが、幼少期から共に過ごし一緒に徳川慶喜に仕えることになった人物がいます。

その名は「渋沢喜作」。

「青天を衝け」では高良健吾さんが演じています。

ちなみに、公式ブログもありますがあまり更新されていません・・・

渋沢喜作ってどんな人?

生誕

渋沢喜作は1938年7月30日に武蔵国血洗島村(現埼玉県深谷市)で生まれています。

ちなみに、渋沢栄一は1840年3月16日生まれですので2歳ほど喜作の方が年上になります。

最後まで戦った武闘派

慶喜に士官した栄一と喜作。喜作は名を成一郎とし任務をこなします。

慶喜に気に入られた栄一は慶喜の命でパリで行われた万国博覧会に派遣。

いつも一緒にいた喜作は日本で慶喜の幕臣として働くことになります。

しかし栄一が日本にいない1867年には大政奉還が行われ、翌1868年には戊辰戦争が勃発。

形勢不利の中、尾高惇忠らと最後まで戦いを続けましたが、1869年についに出頭・投降し東京の軍務官糾問所に投獄されました。

ちなみに、この戦いで栄一・喜作ともに活動してきた尾高平九郎は戦死します。

青天を衝けで尾高平九郎を演じるのは岡田健史さんです。

少し所属事務所とトラブルになっているようですが戊辰戦争までの出演になります。

栄一の支援もあり出獄

ヨーロッパから帰還した栄一は大蔵省で実績を残すなど活躍します。

そして明治5年1872年に栄一の手助けもあり喜作は出獄となりました。

3年程獄中で生活したことになります。

実業家の道へ

出獄後、名を喜作に戻し栄一のすすめで大蔵省に勤め始めます。

すぐに近代的な養蚕製糸事業の調査のためヨーロッパに渡航。

翌年1873年に栄一が大蔵省を辞めるのと同時に喜作もやめ1875年には渋沢商店を開業。

廻米問屋として成功しますが、米相場の暴落で損失を被ることがあり栄一に助けてもらうことがあるなど、栄一と比べると実業家としての才能は疑問符がつくこともありました。

晩年

その後は、時折栄一の支援を受けたりしながら家業は子供たちに譲り1912年に75歳で死去しています。

渋沢喜作まとめ

青天を衝けは6月14日現在栄一と喜作が慶喜のために働いていますが、現状では喜作のほうがしっかりしていて、栄一を手助けしているような役割になっています。

しかし、渋沢栄一が実業家としての才能を発揮するにあたり喜作は失敗することも多々あったことから徐々に目立たない存在になっていきます。

ただ、喜作はその実直な性格から取引先から信頼されていたとのことで、実際は剛腕を発揮する栄一を陰で支えていたと言われています。

また、たくさんの妾・愛人がいた栄一とくらべ喜作は最初の妻「よし」と生涯を共にしていたとの記録もあり実直な性格がそのような印象を与えたのかもしれません。

青天を衝けは今後この栄一と喜作の運命が変わっていくところがどう描かれるか注目ですね!

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