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【プロ野球】メジャーリーグにFA移籍した選手の初年度の成績を調べてみた(野手編)

野球が好き!

野手は投手の半分の10名です。比較してみるとやはりアメリカはパワーがあるんだなと思います。本塁打に関してはほとんどの選手が大幅に減らしています。

読売ジャイアンツ

ジャイアンツから海外FA権によりMLB移籍した野手は1名です。

松井 秀喜 (2003年からニューヨークヤンキース)

巨人最終年MLB初年
出場試合数140163
打率.334.287
本塁打5016
打点107106
盗塁32

高校から1992年ドラフト1位で巨人入団。引き当てたのは次年度から13年ぶり監督復帰となるミスター長嶋茂雄監督。初年度から1軍で出場し11本塁打を記録。2年目からは巨人の中軸として3回の本塁打王と打点王、1回の首位打者を獲得。特に2002年は50本塁打を記録しメジャーリーグを目指して海外FA権にてニューヨークヤンキースに移籍した。初年度は初戦で初打席・初ヒット・初打点を記録、本拠地開幕戦で満塁本塁打でメジャー初本塁打を記録するなど活躍するも本塁打は16本に終わった。2年目は31本塁打を記録するなど活躍していたが、2006年5月に守備時に左手首を骨折。2007年は復活し25本塁打を記録するなど復調したが2008年は膝の故障の影響で成績は低迷した。しかし2009年142試合で28本塁打をシーズンで記録。そして勝ち上がったワールドシリーズにて13打数8安打3本塁打8打点と大爆発。結果的にワールドシリーズ最終戦となった第6戦でヤンキースファンから「MVPコール」が起こるなどしチームはシリーズ制覇。そしてワールドシリーズMVPとなった。この年でヤンキースを退団し、エンジェルス、アスレチックス、レイズと1年ずつ在籍。レイズ時代の2012年8月に自由契約となり他球団への移籍を目指すも見つからず、12月に現役引退を表明した。甲子園の5打席連続敬遠、連続試合出場など書き出したら終わることのない、記録にも記憶にも残る名選手。

阪神タイガース

タイガースから海外FA権によりMLB移籍した野手は1名です。

新庄 剛志 (2001年からニューヨークメッツ)

阪神最終年MLB初年
出場試合数131123
打率.278.268
本塁打2810
打点8556
盗塁154

高校から1989年ドラフト5位で阪神タイガース入団。2年目に1軍初出場しはじめ3年目からは阪神の中軸選手として活躍。打者としてタイトル獲得はなかったが、いきなり引退宣言をしたり、敬遠球を打ちタイムリーになるなど話題には事欠かず。しかし、ゴールデングラブ賞を阪神時代に7回獲得するなど強肩からの守備にも定評あり、阪神の中心選手であった。2000年オフにFAでメジャーリーグ挑戦を表明。ニューヨークメッツへの入団が決まったが年俸はメジャーリーグ選手の最低保障額であった。初年度123試合に出場。10本塁打を放ち守備でも貢献するなど活躍した。オフにトレードでサンフランシスコジャイアンツに移籍した2002年度に日本人選手として初のワールドシリーズ出場。翌年はメッツに復帰するも怪我等もあり成績を落とし、この年のオフに北海道に移転することが決まった北海道日本ハムファイターズに移籍した。「日本ハムを日本一に」「札幌ドームを満員に」と宣言して入団。開幕前に今シーズン限りの引退を表明した2006年、パリーグを制覇し満員の札幌ドームで日本一となり宣言を実現させて現役を引退した。その後は、タレントや会社役員となり、海外移住。2021年からプロ復帰を目指してトレーニングを開始し2020年のトライアウトに挑むも獲得球団は現れなかった。ファンを喜ばせることを実現さえてきた記憶に残る選手。

広島東洋カープ

カープから海外FA権によりMLB移籍した野手はいません。

RS
RS

ファンとしてFAで海外挑戦した野手がいないのも寂しいですね。他の国内球団への移籍は多いのに(涙)

中日ドラゴンズ

ドラゴンズから海外FA権によりMLB移籍した野手は1名です。

福留 孝介 (2008年からシカゴカブス) *現役NPB選手

中日最終年MLB初年
出場試合数81150
打率.294.257
本塁打1310
打点4858
盗塁512

高校時代の1995年ドラフト1位で近鉄に指名されるも拒否。社会人から1998年に逆指名で中日ドラゴンズ入団。初年度から中軸として起用され132試合出場するも、最多三振など粗さが目立った。しかしその後は打撃センスを活かし、2002年と2006年に首位打者を獲得。2007年は故障もあり出場数は減った。しかし本年度から適用された故障者特例措置によりFA権を取得し翌年からシカゴカブスに移籍した。移籍初年は開幕戦に本塁打を放つなど好スタートを切ったが、徐々に成績低下。150試合に出場するも打率.257、10本塁打であった。カブス4年目の2011年7月にインディアンスにトレードするも成績は上がらず。2012年はホワイトソックスと契約するも6月に自由契約となりヤンキースとマイナー契約。ヤンキースではメジャー昇格できず次年度阪神タイガースにて国内復帰となった。阪神には2013年から2020年まで在籍し、2021年からは古巣中日ドラゴンズに復帰してシーズンを迎える。

東京ヤクルトスワローズ

スワローズから海外FA権によりMLB移籍した野手は0人です。

横浜(DeNA)ベイスターズ

ベイスターズから海外FA権によりMLB移籍した野手は0人です。

福岡ソフトバンクホークス

ホークスから海外FA権によりMLB移籍した野手は2人です。

城島 健司(2006年からシアトルマリナーズ)

ホークス最終年MLB初年
出場試合数116144
打率.309.291
本塁打2418
打点5776
盗塁33

高校から1994年ドラフト1位で福岡ダイエーホークス入団。1年目から1軍で出場するも捕手としての評価は低かった。3年目の1997年から正捕手として一軍定着。ベストナイン6回獲得しチームの3回のリーグ制覇、2回の日本シリーズ制覇に貢献した。2005年オフにメジャー移籍を目指しFA宣言。イチローが所属するシアトルマリナーズに移籍となる。開幕戦から正捕手として出場し日本人捕手初めてのメジャーリーグデビュー。この年、打率.296で17本塁打を放つなど打撃面でも活躍した。マリナーズに4年在籍し2009年オフに契約は残っていたが、日本への復帰を希望し阪神に移籍。初年度は正捕手として活躍するも、怪我の為3年で現役を引退した。引退後は趣味の釣り番組等で見かけていたが、現在はソフトバンクホークス会長付け特別アドバイザーとして活動している。

川崎 宗則 (2012年からシアトルマリナーズ)*日本の独立リーグ現役選手

ホークス最終年MLB初年
出場試合数14461
打率.267.192
本塁打10
打点377
盗塁312

高校から1999年ドラフト4位で福岡ダイエーホークス入団。2年目に1試合だけ1軍出場。2003年からは1軍レギュラーとして活躍。2004年には盗塁王(42)となり最多安打(171安打)を記録している。その後もチームの中心選手として活躍。2011年オフにイチローがいるシアトルマリナーズ移籍を希望。マイナー契約であったが、オープン戦で大活躍しメジャー昇格となった。初年度は61試合に出場するも代走や守備固めが多くシーズン終了後自由契約に。その後もブルージェイズ2年、カブスに1年マイナーとメジャーを行き来しながら在籍するも2017年に自由契約となり、ソフトバンクホークスに復帰した。しかし42試合の出場で2018年シーズン前に自律神経系の病気でいったん野球から離れたいとの希望で自由契約に。その後2019年は台湾で、2020年からは独立リーグの栃木でプレーしている。

埼玉西武ライオンズ

ライオンズから海外FA権によりMLB移籍した野手は3人です。球団別では最多です。

松井 稼頭央 (2004年からニューヨークメッツ)

ライオンズ最終年MLB初年
出場試合数140114
打率.305.272
本塁打337
打点8444
盗塁1314

高校から1993年のドラフト3位で西武ライオンズ入団。1年目は1軍出場はなかったが2年目途中からショートのレギュラーに定着。3年目は開幕からレギュラーをつかみ西武を退団する2003年まで全試合出場。盗塁王3回獲得し、最多安打を2回記録。本塁打も2002年、2003年は30本塁打以上を放つ。打撃面でなく、ゴールデングラブ賞を7年連続記録するなど、走攻守すべてが揃った遊撃手として活躍した後2003年オフにFA宣言しニューヨークメッツに移籍した。移籍初年度開幕戦で初打席初本塁打を記録したが、その後は怪我等もあり114試合の出場で上記の成績。日本時代に比べると物足りないシーズンであった。その後も怪我等もあり成績は低下し2006年シーズン途中にメッツからトレードでロッキーズ移籍。ロッキーズ2年目の2007年には104試合に出場し2塁手としての活躍が見られた。オフにアストロズに移籍し打率.292を残すなどしたが、腰痛もあり次年度から成績が低迷。2010年シーズン途中に解雇され、ロッキーズに復帰するもメジャーでのプレーはなく次年度から楽天にて国内復帰となった。楽天に7年在籍し2018年度からは古巣西武にコーチ兼任で復帰。オフに引退し現在は西武ライオンズの2軍監督で活躍している。日本史上有数の走攻守3拍子揃ったスイッチヒッター。

中島 宏之 (2013年からオークランドアスレチックス) *NPB現役選手

ライオンズ最終年MLB初年
出場試合数136
打率.311
本塁打13
打点74
盗塁7

高校から2000年度ドラフト5位で西武ライオンズ入団。2年目から1軍に出場始めるもレギュラー定着にまでは至らず。2004年松井稼頭央選手が移籍したことからショートのレギュラーとして全試合に出場。その後はショートだけでなく内野手としてチームの主軸として2009年には最多安打を記録するなどして活躍。2012年に海外FA権を行使しアスレチックス移籍となった。移籍初年から左太ももの怪我もあり、マイナーでの選手生活。2年目もマイナーでのプレーが続きシーズン終了後に契約解除し日本復帰となった。結局メジャーリーグでは1試合も出場できなかった。オリックスに4年在籍し自由契約になった後巨人移籍。2020年は100試合に出場するなど復調の兆しを見せて2021年のシーズンを向かえる。

秋山 翔吾(2020年からシンシナティレッズ)

ライオンズ最終年MLB初年
(60試合)
出場試合数14354
打率.303.245
本塁打200
打点629
盗塁127

大学から2010年ドラフト3位で西武ライオンズ入団。初年度から開幕戦に出場するも打撃不振で守備面での活躍が目立っていた。2年目途中からレギュラーとして活躍しはじめ、2015年にシーズン最多安打記録を更新。2017年には首位打者を獲得するなどヒットマンとして活躍し2019年オフに海外FAにてシンシナティレッズに移籍した。移籍初年の2020年はコロナ禍で難しいシーズンの中、全60試合中54試合に出場し上記の成績。打率など成績は低下したが、2021年度が勝負の年となる。

東北楽天ゴールデンイーグルス

イーグルスから海外FA権によりMLB移籍した野手は0人です。

オリックス・バファローズ(ブルーウェーブ含む)

オリックスバファローズ・ブルーウェーブから海外FA権によりMLB移籍した野手は1人です。

田口 壮(2002年からセントルイスカージナルス)

オリックス最終年MLB初年
出場試合数13419
打率.280.400
本塁打80
打点422
盗塁61

大学から1991年ドラフト1位でオリックス入団。入団当初は内野手で開幕戦もショートで出場したがあその後スローイングに関する厳しい指導でイップスや突発性難聴などに陥いることもあったが、外野手に転向し主力に定着。95年から2001年の移籍までゴールデングラブ賞を5回獲得するなど活躍し2001年オフに海外FAにてカージナルスに移籍した。移籍初年度はマイナーからスタートし6月にメジャーリーグデビューを果たすも、わずか19試合の出場。2年目の8月からメジャーに定着し始める。2004年は109試合に出場し打率.291を記録しワールドシリーズ出場に貢献した。2005年~2007年も主軸として130試合前後出場を続け、2006年のワールドシリーズ制覇に貢献した。2008年はフィリーズに移籍するも後半は出場機会を減らす。チームはワールドシリーズ制覇したが出場機会はなかった。2009年はカブス移籍するもわずか6試合の出場で自由契約に、次年度からオリックスに復帰となった。オリックス復帰後は2年で戦力外通告を受け退団。2013年現役続行を目指すもオファーなく現役引退となる。現在はオリックスバファローズのコーチ。

千葉ロッテマリーンズ

マリーンズから海外FA権によりMLB移籍した野手は0人です。

北海道日本ハムファイターズ

ファイターズから海外FA権によりMLB移籍した野手は1人です。

田中 賢介(2013年からサンフランシスコジャイアンツ)

日本ハム最終年MLB初年
出場試合数11415
打率.300.267
本塁打30
打点322
盗塁132

高校から1999年ドラフト2位で日本ハム入団。1年目から出場するも打撃面で不振が目立ち本格的に活躍し始めたのは2006年から。この年リーグ最多犠打を記録し打率も3割を記録。守備面でもベストナインに輝き日本ハムの中心選手となり日本一に貢献。その後は怪我等もあったがレギュラーとして活躍し2012年オフに海外FAにてメジャー挑戦を表明。サンフランシスコジャイアンツとマイナー契約となる。2013年7月9日に昇格し即メジャーデビュー。しかし15試合しか出場できずオフに自由契約となった。2014年はレンジャーズのマイナーでプレイしていたが本人希望で7月に契約解除。翌年から日本ハム復帰となった。その後2019年まで日本ハムでし主力としてプレー。2019年オフに現役を引退し、現在は野球解説者をしている。

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